野菜を摂りたい

自分の趣味について書きます

『粛々と運針』

iaku演劇作品集『粛々と運針』@こまばアゴラ劇場

 

 

「粛々」…①しずかなさま。ひっそりとしているさま。

     ②おごそかなさま

「運針」…裁縫で針の運び方。普通、和裁の基本的縫い方であるぐし縫いをいう。

 

 

本日、千秋楽観てきました。真ん中付近の両端に黙々と縫っている女性が2人いる。残りの登場人物は4人いて、4つ角と中央に椅子があり、はじめ1時間は2人ずつの会話劇が繰り広げられる。徐々にみなの境界があやふやになり6人の会話劇になっていく。物語の上ではなにも解決しないが誰もが不安や葛藤、人に言えない事情を抱えて生きていることを90分の舞台で表していたと思う。

 

以下、パンフより引用。

築野家。弟と二人で母を見舞う。病室で紹介されたのは、「金沢さん」という俺たちの知らない初老の紳士。親父が死んだあと、親しい仲らしい。膵臓ガンと告知された母は、金沢さんとの相談の結果、穏やかに最期をえることを選んだという。まだ治療の可能性はあるのに。なんだよ尊厳死て。誰だよ金沢さんって。

 

田熊家。平均寿命くらいまで支払いを続けたら自分のものになる小さな一軒家を去年購入。その家のどこかで子猫の鳴き声がする。早く助けてあたいけど、交通事故で頸椎を痛めた夫はケガを理由に探してくれない。は、お腹に新しい命を宿しているのかもしれないのに。不思議。この話の切り出し方がわからない。

 

平凡な会話の中に潜む葛藤を、周到な会話で描き出すiakuの新しい試み。

 

僕はまだ21歳で結婚や出産や親が死ぬとか経験したことないから、この物語をどうしても冷たく見てしまうし自分もそういう考えがある。産むか産まないかを決めるのは奥さんだから尊重しなよ、って思っちゃうし。母が尊厳死を選ぶというなら後悔の無いようにしてやりなよ、って思う。でもそんなに簡単なはずはなくこの物語のように物事の当人になったら自分はなにを基準にどういう選択するかはわからない。

尊厳死に関しては僕は賛成の意見を持っていて死を選ぶのも一種の治療法だと思っている。ただし決めるのは本人がサインするか否かで、周りの人はそれぞれの意見を言ってもいいと思うけど邪魔はしてはいけない、と思う。

中絶に関してはどうにも言えない。その時の状況によると思う。この物語は奥さんは課長代理で仕事に自信を持っており産みたくはない、夫の方はこの仕事の代わりは誰でもいるからせめて父親という役割を欲しいと思っている。どちらの意見を尊重するか正直どっちかが折れるまで決まらないのではないかと思うほど。仕事において女性は子供を産む産まないかは難しく制度は整っているもののやっぱり復帰後白い目で見られ辞めていくパターンが多いと思う。決して女性軽視ではなくてその間、一時的に辞めるわけであってその穴をなにで埋めるのかを決めなければならない。いやでも制度として設けている以上、会社はそれをやる義務がある。産休を取りやすく復帰がスムーズである環境を作るのは会社の役割である、と思う。制度は整ってるがそこにいる人間の意識の高低で決まるところがまたこの問題を複雑にさせている。

 

良い舞台というのはラストをはっきり描かず余韻があること、観終わった後に考えさせるものだと思っている、というかたびたび言っている。この舞台はそれに該当すると思う。若い僕1人でさえ意見あるのだからこの舞台の中の事柄を経験した大人たちはもっと思うことがたくさんある気がする。

 

 

P.S. アゴラ劇場去年のロロぶりだったんだけど、その時はまだ観劇に慣れてなくて支払い終わったら外で待ってた。今回は何も考えず支払い終わったら中で座って待機してた。この1年で観劇に対するハードルがどんどん自分の中で下がっていて自分でちょっと笑っちゃいました。これほど自己満足な趣味って中々ない、観劇にしろももクロにしろ。笑